2003年7月に行われたスパシーバチクルスのプログラムに牧人君が寄稿したものです。

『ある特別な講習会の思い出のために』


西谷牧人(チェリスト)

スパシーバコンサートが10周年を迎えた。
  このコンサートは、10年前に一度だけ行われた講習会で出会った受講生達による、
年に一度の同窓会のようなものである。「同窓会」と言ってもやはりコンサート、
演奏が
終わるまではそれぞれ緊張していて、おしゃべりをする余裕もなかったと思う。
今だから
言えるが、僕らはそれ程仲が良いわけではなかった。
無理もない、昔はみんな自分の事
で精一杯だったし、お互いの家も遠く学校も違ったから、
メンバー同士の共演などもほと
んど出来なかった。
それに何よりも、僕らはお互いがライバルだったのだ。
だから、このコ
ンサートが10回も続いたこと自体が驚きなのである。ICFの5周年記念事業として
行われ
た講習会「モスクワ・コンセルバトリア マスターコース・イン・ジャパン」は、物凄いイベントだった。
それは、三重県にあるリゾート『合歓の郷』での、豪華極まりない合宿にほかならな
い。
モスクワ音楽院教授の素晴らしい個人レッスンはもちろんのこと、超が付くほどリッチな
ホテルに、
一人一人に当てられた練習室、打ち上げは豪華クルーザーに乗ってのフランス
料理・・・と、
21人の子供相手に、至れり尽くせりの待遇だった。
 
 ところで、先日この講習会に関する記事を読み返した。「ICFは93年、モスクワ音楽院の
ピアノ、ヴァイオリン、チェロの教授を日本に招き、音楽家を目指す10代の子供達を対象に
合宿レッスンを行った」と書いてある。そうだったのか。知らなかった。
実はその頃まで僕は
音楽家になりたいなんて一度も思ったことがなかったのだ。
僕にとってはチェロはひとつの趣
味でしかなく、それは日曜日の少年野球のようなものだった。
ところが、講習会に参加して愕
然としたのである(このときの驚きと衝撃は忘れない)。
僕はとんでもない世界に足を踏み入
れた気がした。
僕の周りにいたのは、まるで音楽家になるために生まれてきたような、
超エリート少年&少女達だったし(少なくとも当時の僕にはそう見えた)、
事実、芸大や桐朋の
付属高校生などが多かった。
中学生以下のキッズ(でも演奏は凄かった!)も、既に高名な先生
方に師事していたと思う。
彼らの間では「今勉強中の曲は」とか「**先生のレッスンは」という会
話が繰り広げられ、
ピアノへの愛情を語る人、ホテルの部屋でヴァイオリンの名人芸を披露する人、
食事中ですら楽器ケースを離さない人などなど、強烈なインパクトを受けた思い出話はきりがない。
当時、僕は芸大という所は、芸術をやるために生まれて来た人が行くところだと信じていたし、
「映画
の東宝」は知っていたが「桐(きり)の桐朋」は聞いたことがなかった。
コンクールなんて校内クラス対
抗合唱コンクールしかイメージできなかった。
だから、彼らと一緒に過ごした8日間は、僕にとっては
とんでもなく新鮮な刺激の連続だった。
そして結局、この講習会がきっかけとなって、僕は音楽家を
目指すようになった。

  その後僕は芸大に入り、講習会の仲間の何人かは、大学の仲間となった。
入学当初、僕の
中には「芸大って音楽家になるために生まれてきたようなすごい人ばかりなんだろうな・・・」
という、
ちょっとした畏れのような想いがあったのだが、
その頃までに、ある種の「免疫」が出来ていたのだ
と思う。
つまり、結局講習会の仲間達は大学の中でもトップクラスだったし、彼らを知っているという
免疫のおかげで、
僕は割と早く芸大に馴染むことが出来たのだ。そして多くの友人を通して知り合
えた、
他の音楽大学の多くの仲間たちと音楽を学ぶことも出来た。

  今、僕たちは間違いなく10歳大人になり、世界中にちらばって、様々な形で音楽と密接に結び
付いている。かく言う僕も、現在アメリカで勉強中だが、もしもあの講習会に参加していなかったら、
今頃リクルートスーツに身を包み、どこかの商社に勤めていたかもしれない。
10年前のあの講習
会は、間違いなく僕の音楽人生のターニングポイントとなったのだ。

  今回、スパシーバコンサートは、初めて室内楽とコンチェルトでプログラムが組まれた。
10年の付き合いにも関わらず、室内楽のほとんどは初顔合わせである。ここで断っ
ておけば、
僕らも大人になったし、そこそこ仲も良くなった(と僕は思っている)。
音楽の中
でどのようにコミュニケーションを取れるのか、僕はとても楽しみにしているし、
聴いて下さ
る皆さんにも、その辺りを楽しんで頂きたい。もし演奏の中にそれが感じられなければ、
こにはきっと何かがあるのだ。人間関係とか、腹痛とか・・・。

 このコンサートがこれまで続き、今回こうして大きな記念コンサートを迎えることが出来たのも、
ひとえに関係者の皆様の力に他ならない。
「スパシーバ・コンサート運営委員会」と称し
て、企画、運営、当日の受付からおにぎりの差し入れまで
世話を焼いてくれた我々の両親達
と、ずっと支え続けてくださったICFの皆様に対し、
10年前の講習会の思い出とその因縁を
今ここで白状して、感謝の言葉にしたいと思います。

2003年7月に行われたスパシーバチクルスのプログラムに牧人君が寄稿したものです。