不定期日記(2004/11/02)「クラム氏の前でクラムを弾く」参照
     
「牧人君の不定期日記」2004/11/02付より
クラム氏の前でクラムを弾く

さてさて、去る10月14日に、僕が今入っているインディアナ大学のNew Music Ensemble(現代音楽専門の演奏グループ、以下略してNME)の今年1回目のコンサートがありました。プログラムはもちろん現代音楽ばかりなのですが、今回のコンサートはちょっと特別でした。それは、現代音楽の巨匠で世界的な作曲家のジョージ・クラム(George Crumb)氏が来たことです。

 クラムと言って知っている人はあまりいないかもしれませんが、現代を代表するアメリカの作曲家で、代表作には、マイクをつけた弦楽四重奏のための「ブラック・エンジェルズ」という曲があって、この曲に触発されてクロノス・カルテットが結成されたというのは有名な話です。無伴奏チェロのためのソナタもあり、チェリストにとってのスタンダードになりつつあります。

それで、今回せっかくそのクラムご本人がブルーミントンに来られるということで、僕らNMEのコンサートでもクラム氏の作品を取り上げ、演奏することになりました。

そして、僕が演奏したのは「ドリーム・シークエンス(Dream Sequence)」という曲で、演奏者はピアノ、ヴァイオリン、チェロ、パーカッションの4人に加えて、舞台裏に2人のグラス・ハーモニカ(ワイングラスに水を入れて、グラスのふちを指でこすって音を出す)という、いかにも変わった作品。しかも、楽譜がまるで何かの絵か幾何学模様みたいで、大きさも普通の楽譜の4倍! 五線譜の断片が円形に並んでいて楽譜を時計回りに追っていくという、それはそれはなんとも不思議な体験でございました(アルバムに写真掲載)。最初に楽譜を見たときは文字通り「目が点」になったけど、実際にやってみると、意外とシンプルに構成されているし、しかもグラス・ハーモニカの美しい響きが漂う中で4人で即興的に演奏するというこの曲は、とても耳に心地の良いきれいな曲でした。
リハーサルを重ねる毎に僕はこの曲が好きになっていったのですが、コンサートを数日後に控えたある日のリハーサルでの事。
 僕はヴァイオリンのテレサと二人でリハが始まるまでの間、客席にお尻を向ける形で練習をしていたのですが、ふと気付いたら僕らの背中にニコニコしたかわいい老人が立っていて、「ハロ〜、アイム、ジョ〜ジ」と僕らに手を差し出しました。その日のリハに既にクラム≠ェ来ていることを知らなかった僕らは、それがクラム氏だと分かるまでに一瞬停止していたことをここに告白しなくてはなりません(しかも僕らは彼の顔を知らなかったのです・笑)。それにしても、終始笑顔の絶えないなんとニコやかで素敵なおじいちゃんなのでしょう! ホンモノのクラム氏を前にして、僕がそれまでに勝手に抱いていた世界的大作曲家ジョージ・クラムの想像図―その顔に笑顔などなく、見るからに偉そうで気難しそうな老人という―は、見事に崩れ去りました。
 その後、氏はリハーサルの間も僕とテレサの間に座って、終始ご機嫌でいろいろなアドヴァイスをして下さいました。

コンサート当日、僕らの「ドリーム・シークエンス」はとても良い出来だったと思うし、それ以外の全員でのアンサンブルの作品(エリオット・カーター&デビッド・ズベイ)でも、ひたすら拍を数えながらの演奏というスリルを楽しみました。終演後のパーティーでもクラム氏は終始ご機嫌で、ここぞとばかりにちゃっかりとサインゲットと、写真など一緒に撮っていただきました(アルバム参照)。

 さてこのニュー・ミュージック・アンサンブル、弦楽器は弦楽四重奏+ベースの5人だけで、総勢でも20人弱しかいません。チェロはもちろん僕だけか〜なんて思っていたら、なんと今回はアジア人が僕だけでした。現代音楽を演奏すること自体には、僕自身まだまだのめり込めない部分もありますが、今はこのグループもメンバーたちもすごく好きだし、演奏することをとても楽しんでいます。これで訳の分からない理解不能な曲がなかったら良いんだけど、この頃は、次のコンサートに向けて、僕にとっては今現在100%理解不能な曲を日々リハーサルしております。いつか理解できる日は来るのか〜???